かとりぶたを側に置き

アクセスカウンタ

zoom RSS 大河ドラマ『平清盛』第46回『頼朝挙兵』

<<   作成日時 : 2012/12/15 17:56   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

3回分ためてしまいましたが、大河の感想をやっと書けます。雑な感想になってしまったかもしれないですが、どうぞご覧くださいませ。

最後の場面は見入ってしまいました。義朝の息子の頼朝挙兵の報で権力と妄執の暗闇から抜け出す清盛。ようやくとりまく暗闇は薄らいだけれど、もう遅いのでしょう。反乱の兵が立ちあがってしまったのだから。挙兵する前に気づけたらよかったのにと思います。手遅れの雰囲気が漂ってるのがせつないところですね。

直前の、清盛が西行にいさめられる場面。第五回の清盛・義朝・義清三人で語り合った場面はやっぱり大事だったんですね。あのときも清盛は自分の目指す「面白く生きる」を他の二人に説明できないでいましたけど、今もできてないんですよね。そこが彼の不幸なのでしょう。

頼朝のナレーションには、頼盛から話を聞いているという前提があるんですね。つじつまが合っていて面白いと思いました。頼盛がこれから清盛と他の平家一門に対してどのように思い、ふるまうのか、先がまた気になってきました。

仏御前を登場させたのは、母親の死と結び付けるためのものだったみたいですね。その発想自体は面白いと思いました。清盛が結局白河院と同じ事をしそうになるというのが、おそろしいですね。権力はこわいということと、権力者に翻弄される女達が気の毒ということが伝わります。
ただこのドラマの清盛は元々女好きキャラじゃなかったので、取ってつけたような設定という印象は否定できないですね。正直言って上記のことを語るために祇王・祇女・仏御前のエピソードは必要だったのかなという気もします。例えば女がらみのネタ抜きで、新しい世への志をめぐって、桃李と対峙するほうが不自然ではなかったかもと思ったりもします。

気になっていた頼政について。結局最後まで清盛についての評価に確信が持てないまま挙兵し死んでいったんですね。なんだかやりきれない気分になりました。きっぱり清盛を見限ることのできた仲綱のほうが幸せだったと思います。
もちろん挙兵したのは清盛を信じ切れなかったからであって、息子に引きずられたわけではないと思いますが、迷いながらの挙兵というのが気の毒というかせつないというか。以仁王が最後に頼政に対して申し訳ないと言っていたのが救いです。
おそらく頼政は清盛の志は信じてもよかったんでしょう。でも清盛自身がそれを成し遂げられるかという意味では、仲綱と同じように見限ったほうがよかったのかもしれないです。私個人は頼政の挙兵は間違っていなかったと思いたいですね。

それから以仁王が死んだ知らせの後の八条院の姿を見てなんだかかわいそうになりました。以仁王のことを不憫と思うからこそ、いろいろ画策していたんでしょうけど、失敗してしまいましたからね。

このドラマには気持ちの良いオチがないですね。頼政が最後まで確信が持てないまま死んでいくところや、清盛が暗闇から抜け出せても手遅れというところが。ドラマの中でカタルシスが得られないのが、ある意味現実的で面白いと思います。
それだけに、このドラマに具体的な政治の駆け引き等がないのがもったいないなと思います。具体的な事柄をめぐる権力闘争が描けていたら、もっと面白かっただろうにとつくづく思います。

あと2回分、すぐには書けないですが今日明日で終わらせるのを目標に頑張ります(笑)。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
大河ドラマ『平清盛』第46回『頼朝挙兵』 かとりぶたを側に置き/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる