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zoom RSS 大河ドラマ『平清盛』第28回『友の子、友の妻』 ※追記あり

<<   作成日時 : 2012/07/22 03:53   >>

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こんばんは。夜中にこっそり更新です。あいかわらず遅いですけど、大河の感想をどうぞ。

義朝の最期はとても感動しました。正清と交わす木登りの思い出話から始まって自害するところまで息をつめて見てました。無念の思いが伝わってきて、泣けましたね。
よく知られている入浴の場面はなかったけれど、それがなくても十二分に面白かったです。別の史料にドラマの形と近いものがあるという話をツイッターで見ましたが、そちらを採用して、結果的にはよかったと思います。
(こう言ってはなんですけど、おととしといい去年といい無駄な裸や入浴シーンを見させられただけに、今回ので、面白い物語には"サービスカット"はいらないんだと改めて証明されたような気がします。いいことです)
玉木さん、趙さんお疲れ様でした。義朝主従がお名残惜しいです。

池禅尼の助命嘆願について、今回のドラマの解釈は割と好みの設定です。ぬるいと言われるかもしれませんが、本当は頼朝の命をとりたくないであろう清盛のために、あえて助命嘆願を行なってみせた池禅尼に好感が持てます。個人的には家貞とのコメディ部分は不要ですが、それでもその場面を微笑ましいと思ってしまったこともたしかです。家盛の死後に、曼荼羅を描く清盛を受け入れたときから、池禅尼の清盛に対する思いは変わってないということなんでしょう。

清盛と頼朝の場面もよかったです。途中で義朝のイメージ映像が挿入された演出は、私の好みではないですが、そのときの玉木さんの表情が頼りなげなのが真に迫ってるようだったことと、松ケン清盛の、頼朝への言葉のようで実は義朝への言葉を吐き出す演技がとてもよかったので、そんなに不自然ではなかったです。そのあと中川大志くんの頼朝に切り替わったときの表情も、清盛に圧倒された感じでよかったです。

清盛と義朝の物語の結末が一般的に伝わる解釈とは違う解釈で描かれていて、違和感や矛盾を感じる人もいると思いますが、今までの清盛の描き方、妙に情に厚い部分が描かれていたことを考えると、私は今回の結末のほうがしっくりくるような気がします。今回の形のほうがむしろ矛盾が少なく、こういうふうに描きたかったんだろうと。

ところで常盤と清盛は思わせぶりなところで終わったけれど、これはどうなんでしょうね。予告でも思わせぶりなセリフがなかったら、常盤と清盛は男女の関係になったと素直に思うところなんですが、予告がねぇ。忠正・為義斬首のときといい、今回の清盛と頼朝といい、予告で誤解させる手法をとってくるときがあるので、逆に男女の関係は成立してないのではと疑ってしまいます。個人的な予想では6割成立・4割不成立なんですけど。
もっともノベライズが出ているので、知っている人にはばかばかしい予想だと思いますけど、私は先を知らないのでそこはご了承ください。

後白河がさっくり信頼を見捨てるところが恐ろしいですねぇ。でも紀伊局がいる時点で、信頼たちも、自分らが殺した男の妻がいることにもう少し警戒したら、とも思います。

宗盛くんが順調に情けない青年になりつつあるので、先がとても不安になります(笑)。

常盤が清盛の妾になるかどうかで、平氏一門が清盛に訊ねて否定されたとき、基盛が「母上が怖いのですか」と突っ込んだところは笑ってしまいました。

感想は以上です。次は滋子メインの話になりそうでなんだかとても楽しみです! あの人とどうなるのかしらねー(笑)。ではまた。

追記:常盤と清盛の件ですけど、次の29回では言及なしだったので、やっぱり男女の関係になったみたいですね。で、なぜに清盛が常盤に手を出したのか、ですが、なんか私は、義朝と女を共有したかったからとしか思えないです。「義朝の女」を自分の手中にしたいからというか。自分の解釈でしっくりきているわけではないのですが、あのドラマの流れだとそう考えるしかないような気分になります。
でもそう解釈すると、なんだか常盤の話なのに常盤不在の話のような気がします。
この展開、個人的に好みの展開ではないのですが、脚本家を初めとする制作側の意図の正解が明確に見えるわけではないので、こちらが好き勝手に解釈しても問題はなさそうだと思います。今のところ自分の中でしっくりくる解釈はないですが、これからの話の流れでまた見えてくるものもあるでしょうから、そのときまた考えてみます。

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コメント(2件)

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あまのかるも様
義朝の最後は、昨年の反省からか?と、私も一瞬思いましたが…(笑)。あれは、「愚管抄」に記された内容に近いものでしたね。著者の慈円は、忠道の子であり、当時を六歳で経験している、政の中枢にとても近かった人ですから、むしろあれが原形なのでしょう。風呂場とか、渋谷の金王丸とか、「梁塵秘抄」にも出てくる青墓の延寿とかが登場するのは、確かに少々後付けの嘘っぽさを感じますし、シンプルな展開で、かえって良かったと思います。
「梁塵秘抄」と言えば、国学院で展示されていたんですね。これは見ておきたかったです。そして「梁塵秘抄」と言えば、「遊びをせんとや」尽くしの「滋子の婚礼」ですが、現代の播磨守閣下のクレームに応えたら、こうなりました、という所でしょうか?随分健康的な平安時代ミュージカルになってしまって…。清盛の歌は軸がぶれてるし…(苦笑)。息抜きの回であって、路線変更でない事を祈ります。
武江
2012/07/29 18:16
武江様

おはようございます。所用のため返信が遅くなって申し訳ありません。
義朝の最期について、一般的に知られているのは後付けの嘘っぽさを感じるとのことですが、たしかにそうですね。ドラマチックになるように面白く作られたお話なんでしょうね。
国学院で見た梁塵秘抄ですが、どの箇所が展示されていたか記憶が抜け落ちていて伝えられず申し訳ないですが、もらった説明書きによると口伝集巻10の断簡だそうで、たしかに今様の詞は載ってなかったと思います。字が一杯で読めないと思ったから覚えてないのでしょう。古文書が読める人がうらやましいです。
滋子の婚礼ですが、見た目が華やかなのは私としては大歓迎です。平安時代ならやはりこういう画面があったほうが、それ以外の画面との対比という意味でいいと思います。この回での「遊びをせんとや」は後白河と清盛の間に強い結びつきができてよかったねというのを表していたんでしょうか(笑)。今年の大河は時々こんな感じの回がありますね。息抜きとしてはいいと思います。こういうのはノリで楽しむのが一番なんでしょうね。
あまのかるも
2012/08/05 08:28

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