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zoom RSS 大河ドラマ『江 〜姫たちの戦国〜』第32回『江戸の鬼』

<<   作成日時 : 2011/08/28 18:06   >>

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やっと見ました。見たあとはけっこう疲れが…。ですが、気を取り直して感想始めます。

説明セリフがてんこもりでげんなりします。しょっぱなから、秀吉が死んでなぜか悲しいと思う話、そういうのをそういう直接的なセリフ使わないで会話全体で描写しろよとがっくりきました。この後もその調子で見ていて嫌になります。それとも私が集中してドラマに入り込めてないせいかしら。
夫婦の会話の雰囲気はいいんですけどね。

三成と家康が秀頼と対面する場面、相変わらず一奉行・一大老です。後は文字で説明って悲しい。衣装の綺麗さと秀頼くんのかわいさと家康さんの無駄な貫禄しか印象にないです。

家康が秀忠に江戸へ行くようにいう場面で、江にも江戸へ行けと言ってますね。内緒で行くって設定ならまあいいけど、ほんとは江はその後も伏見にいたらしいですよ。
桐野作人さんの『江の生涯を歩く』で紹介されている毛利家文書によると、江が江戸へ下りたがっているから許可出してと家康が申し出るのが翌年九月ごろです。そして福田千鶴さんの『江の生涯』によれば、その暮れに江戸へ下向してます。
江が自分も江戸へ下るように言われて驚くところ、まともに歴史を調べている脚本家なら、大名の妻子は京に置くようにという触れがあるので、自分も一緒に京を離れるように言われると思っていなかったと解釈するのですが、あの脚本家なんで、ただの会話のアクセントなんだろうなと思いました。

ついでなんで書いちゃいますが、会話の返事の仕方、相槌の入れ方もなんとかしてほしいですね。「は?」とか「え?」とか直前のセリフをおうむ返しに言うとか。重箱の隅つつくようなんであんまり言いたくなかったけど、今回はもう我慢できなくて。「さようでございますか」とかなんとか使えないのか。

江戸へ下ったらもう二度とあえないかもしれないから皆に会っておきたいと江が言うところ、ドラマ的にはそれで問題ないですし、必要以上につっこむつもりはないです。ただ私は史実の江のことも考えるので、実際にはこの時点ではまだ、江はまた上洛するだろうと思ってただろうな、と思いました。大名の妻子は京に住まないといけないとされてましたから。このあと関ヶ原が起きて、自分が江戸を離れる必要がなくなるなんて夢にも思ってなかったでしょう。

あと、江はなんで悪いことをみんな三成のせいにするのかと思いました。なんか悪いことしたかね、三成。

秀忠付きの家臣として、土井利勝とか出せんのでしょうか。と思うこと自体がたぶん贅沢なんでしょうね。

ガラシャさん、なんのためにこのドラマに出したのか、存在意義がわかりません。そしてガラシャと江の会話はほんとにつまらなかったです。もっと面白い話を書いてください。

京極龍子は、秀吉が死んだときよりも前の旦那の武田元明を亡くしたときのほうが大変だったと思うんですけど…。初めての死別みたいな悲しみ方ってなんなんだろう。しかも江に謝る場面もあるし。すっごく好意的に解釈すると、前の夫を亡くしたときは将来の不安が先に立って悲しむゆとりがなかったと思うこともできますし、たしかに秀吉が死んだ後も悲しいだろうし不安もあったと思いますけど、なんだかね。絶対、前の夫を亡くした設定を忘れてるだろうとしか思えない話でした。
初と江の会話は雰囲気はいいです。会話の中身はともかく。

茶々との対面場面、こんどは予言者セリフで疲れました。もう会えないかもと名残を惜しむところは気持ちが伝わるけれど、よけいなセリフで興ざめです。
さだとの対面について、完子って茶々の養女だっけ? 猶子じゃなかったっけ。猶子の場合、秀勝と江の娘という立場は変わらないので、「おばうえ」のセリフ、江への呼びかけなら間違いです。

おねとの対面場面、また予言者セリフ…。おねの、天下が治まるなら秀頼にこだわらない発言、今では古い説じゃないんですかね。あまり詳しくないですが。

秀忠と三成の対面の場面、まず「妻は立ち聞きが得意らしい」つっこんでほしいのかもしれないが、今更すぎてつまらないです。
三成が、殿下に呼ばれているような気がして、とか言ってそわそわするのを見ていると、三成、落ち着け、と言ってあげたくなりました。
家康暗殺の噂にたいする牽制が目的で、秀忠が三成を呼んだという設定と展開自体はいいと思いますが、もう少し息詰るような面白いやりとりにできなかったのか、とも思います。
秀忠の父親に対するツンデレぶりはそこそこ面白いのですが、三成対談後に江と会話する場面で流れた音楽は正直微妙でした。

大姥局、やっぱりベタな姑キャラにされててがっかりでした。控えめだがしっかりもので聡明な女性なんですけどね、私のイメージは。質実剛健をアピールするところは、徳川家なんでそうだろうなと思いましたが。
ちなみに現在伝わる説ですと大姥殿と秀忠の年齢差はかなりあるんですよね。母と息子というより祖母と孫ぐらい。そういう意味でも姑キャラ設定は違和感あります。
懐妊を知って、数珠を持ち出してぜひ嫡男を!と力をこめて言うのは面白いですけどね。そういう反応が当時の価値観だし。だからそういうのを鬼と評するのは、自分の中の大姥殿のイメージとの兼ね合いで言っても、この時代の価値観という意味でも、なんだかな、と思いました。

疲れたと言いながら、意外に感想が長くなりました。メモ取りながら見ると、なんだかんだで書きたくなるんですよね。走り書きなんで、あとから見ると字が読めないとかどの場面に対するツッコミかわからないとか、かえってわからない部分もあるのですが役に立ってます。
てことで以上です。

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内 容 ニックネーム/日時
こんにちは。秋草です。
前の感想に引き続きコメントします。

ミムラさんには失礼なんですが、私も今年のドラマで細川ガラシャを登場させた意味がわかりません。必要なかったのでは、と思えてしまいます。
よくよく振り返ってみると、ガラシャの行動もおかしいです。ガラシャは本能寺の変の後二年程幽閉され、大阪にある細川屋敷に戻りますが、それからは忠興の厳しい監視のもと監禁生活をおくり、外出も禁止され、唯一外に出たのは忠興の留守の間に教会へ赴いた時だけです。なのでバテレン追放令が出たとき、ガラシャが三姉妹のもとへやってくることなどあり得ないわけです。
江がガラシャに別れの挨拶をしていましたが、それもガラシャのセリフが遺言ぽくて興ざめだったのは同感です。なぜみな予言者になってしまうのでしょうか。
ガラシャが登場したのは初がキリシタンになったことと関連させようとしたからなのでしょうか。(でも、初がキリシタンになることは、市さんが語りの部分でふれているだけなのですが・・・。)ガラシャを登場させたのならば、江にロザリオを渡すシーンとかやってくれればよかったです。
秋草
2011/08/30 17:08
秋草さま

こんにちは。
実際のガラシャは屋敷の外へほとんど出れなかったのですか。それならば、そういう特殊な状況をドラマに使えば面白い話ができたかもしれないのに。もったいないと思います。
遺言みたいって、ほんとにそんな感じでしたね。なんでも予言になるのは、覚えた事実をとりあえずドラマに盛り込もうとするからじゃないかと、邪推してます。
たぶん初がキリシタンになることとは関係ないと思います。関連付けたかったら、他にも出すはずです。けっきょくガラシャのことはよく理解できなかったんでしょうね。
あまのかるも
2011/09/04 17:23

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