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zoom RSS 狭山不動尊に行きました 後編

<<   作成日時 : 2016/09/28 00:32   >>

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狭山不動尊へ行ってきた話の続きです。

あまりにもたくさんある石灯篭を横目に本堂の裏手に回ると、あった!
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丁子門。これが一番の目的ですよ〜! お江さんの霊廟にあった門。
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さっそく写真撮りました。
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昔は壮麗な霊廟のそばにあったんでしょうね…と思うと、現在の自然がいっぱいな境内の中にあるのがやるせなくなります。

門にはもっぱら三葉葵の紋がちりばめられてますが、三つ丁子もあります。門の呼び名の由来になってる丁子がなぜこの門に使われてるのかはわかりませんが、推測として以下のように考えています。
これはたぶん正親町三条家末裔としての浅井の紋なのではないかと思われます。一般的に浅井の紋というと三盛亀甲花菱、他にも井桁紋が伝わっており、通常はこれらの紋が使われていたようですが、一方で浅井氏は正親町三条の末裔を自称してたそうで、それを表明するための紋が、茶々や江など娘たちの代で使われてたのではないかと。たしか伝淀殿所有の物にこの三つ丁子があるのを見たことありますし。
正親町三条の分家の三条西や押小路が丁子紋を使用していたそうで、女系で浅井家とつながる徳川将軍家としては、これらの家と同じ流れで、藤原氏の血も入ってますと主張したかったのかもしれません。
あくまでも素人の推測なんで、話十分の一ぐらいに聞いておいてほしいですが、まあ仮説の一つです。ただの意匠だけなのかもしれないですしね。

そばにはなんかよくわからない像がありました。なんだろう。一応パチリ。
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しかし保存状態はどうなんでしょうね。蜘蛛の巣もはってましたしね。ちょっと心配。
お金はかかるんでしょうけど、増上寺の建物は元の場所というか、増上寺の隣の敷地の公園みたいになってるところに置いてもらえないものだろうか、などと思ってしまいます。

なんであれ建物保存のためにもお寺にお布施すべきかと思いましたが、受付にも人がおらず、電話かけて呼び出すほどの勇気も出ず、結局お賽銭しかお金落とせませんでした。

せっかくなので他の建物も見てみます。

第二多宝塔。
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鐘楼は工事中でした。
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大黒堂
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羅漢堂山門。
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羅漢堂と唐金灯篭。うう、見れなーい、撮れなーい。
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桜井門も工事中。
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康信寺。これは説明書きなかったんでふつうに最近の建物みたいです。
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弁天堂。
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書院・晴明閣。
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しかし境内回ってみて、いろいろな建物が保存されててよかったとは思いにくい雰囲気ではありました。微妙に統一感ないですし、じめっとした場所に立ってる建物もあったし、灯篭など無造作に置かれてる感ありましたし。
西武グループが作ったという偏見もあるのかもしれませんが、ここにあって良かったというよりは、もっと他の形で保存管理されてほしいなあと思ってしまいました。経費もかかるし大変なんだろうと思うんですけどね…。工事していたくらいだから、ちゃんと管理しているんでしょうけどね…。

最後入口に戻って、勅額門のそばのご神木。
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おまけ。西武ドーム。
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さらにおまけ。引いたおみくじと中に入っていた不動明王。おみくじは大吉でした。
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ゆとりがあれば隣の山口観音に行きたかったのですが、疲れた&この後予定あり&試合終了後の混雑を回避したかったので、この日は帰ることにしました。
よくよく写真見ると逆光でうまく撮れてないので、いつか再訪したいものです。

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