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zoom RSS 狭山不動尊に行きました 前編

<<   作成日時 : 2016/09/28 00:05   >>

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こんばんは。先日、狭山不動尊へ行ってまいりました。

場所は所沢の、西武球場…じゃなくて今の名前は西武プリンスドームっていうみたいですね。その近くにあるお寺です。
なぜここへ行ったのかというと、ここには増上寺から移築された門があるからです。そうです、お江さんの霊廟関連の建物があるんです、ここには。
だいぶ前から行きたかったですが、ようやく行くことができましたので、その時の話を。

西武線に乗って西武球場前駅へ。電車が混んでて、なんか嫌な予感がするなーと思って見回すとと西武ライオンズのグッズなどを身につけたり持ったりしてる方々が。
あー、ひょっとして今日は野球あるの?と思ったら、案の定この日は野球開催の日。
駅前は人でいっぱい。人を見ているだけで疲れてきましたが、ここでくじけるわけにもいきません。ドームとは反対方向へと向かい道路を渡って歩いていくと、思っていたより近くにありました。
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正式名称は狭山山不動寺。堤義明氏が、自分とこで開発した場所にあった建物を移築して集めて開いたお寺です。
由来はともかく、全国各地にあった建物が集められているわけですね。
中に入ると、おお、さっそく。
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台徳院の勅額門です。秀忠さんの霊廟の門ですね。さっそく写メします。
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石段を上がると正面に今度は御成門。
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裏に回ると鏡天井に描かれた天女が見れますというので、裏に回ることにしました。
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なんとか見れました。
しかし周囲はなんとなくじめっとしていて、保存状態大丈夫なんだろかと心配になりながら、参道を歩きます。
やがて総門が見えてきます。
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門をくぐると本堂。
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なんだか最近できたような安っぽい建物。
(後から知りましたが、もともとは東本願寺から移築した建物を使っていたけれど、火事で焼けてしまったそう。なんてこと)
周囲には石灯篭がいっぱい。あー、増上寺のあれかーと思いつつまずは参拝。その後、近くの第一多宝塔へ。
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正面に並んでる石灯篭には、おおっ、台徳院。
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右の石灯篭の奉納者は
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「三宅越後守藤原吉政」。誰? ググってもヒットしない。三宅越後守でググると三宅康信が出てくるが、ううーん合ってるのか?
左の灯篭も台徳院で
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「平朝臣鳥居左京亮忠恒」。徳川譜代の鳥居さんちの方ですね。調べると伏見城で討ち死にした鳥居元忠の孫でした。

第一多宝塔の裏にある宝塔。
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なんかこれも増上寺由来っぽいなー。しかし説明書きがなかったのか見落としたのかその場ではわからず。後日、桂昌院の宝塔らしいとわかりました。お玉さんのか…。五代将軍綱吉のおかんですね。

本堂の周囲に並んでいる石灯篭も見てみました。しかしたくさんありすぎて正直全部は見てられない。
なので、一部だけ撮ってみました。
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清揚院は家綱・綱吉の兄弟、綱重のことですね。奉納者は、「従五位下伊豆守大江朝臣永井氏直敬」。秀忠・家光時代の老中永井尚政の孫だそうです。調べてみると、おっと岩槻藩主だったのだね。

桂昌院の灯篭は
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「従五位下遠江守飯山城主松平忠喬です」かね。桜井松平家の人だそうですが、たくさんある松平家はよくわかりません。この人は家光の時の老中・阿部重次の娘の孫で、豊臣秀吉の正室である高台院の甥・木下延俊の娘のひ孫だそうです。

文昭院の灯篭も。六代将軍家宣ですね。
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「…州国…肥前平戸 従五位下松浦肥前守」
撮り方が悪くて、次の行は読めません。調べると松浦篤信のようですね。松浦静山のご先祖様ですな。

長くなりますので、ここでいったん切ります。

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