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zoom RSS 皇居東御苑に行ってきた話

<<   作成日時 : 2013/02/03 01:06   >>

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お久しぶりです。私事にてまとまった長文を書く時間がなく更新できていませんでした。
書きたいことはたくさんあるんですが、この話題からはじめようかなと思います。去年の暮れ、初めて皇居東御苑に行った話です。
第一の目的は三の丸尚蔵館でした。昨年末、ここで「鎌倉期の宸筆と名筆 皇室の文庫から」という展示をしていると武江さまのコメントで教えていただいて、平安末期の品も公開されていたので、最終日に駆け込みで見に行くことにしました。

当日は雨降りでしかも寒くて、外に出るのが億劫になるような天気だったのですが、その日が最終日だったので、やっぱり私は雨女だなと思いながら出かけました。もっとも大手町に着くころには小ぶりになっててよかったです。
駅から皇居までは一本道だったので、迷うこともなく到着。
実は生まれて初めて皇居というところに来たので、すっかりおのぼりさん気分というか、周りをきょろきょろと見回したり、変にあちこちうろうろしたり、やや挙動不審だったかも…。皇居の中に入るには受付に寄って札をもらわないといけないというのも初めて知りました。
目的地の三の丸尚蔵館はすぐにわかりました。中に入ると正面に図録やグッズの販売所がこじんまりとあって、その右側が展示スペースでした。展示スペースはそんなに広くもないですが、内容は充実してました。

で、展示品の感想をちょろっと。展示を見たその日に記したメモを元に書いてますが、今は記憶も薄れているので間違ってるかもしれないです。

藤原忠通の書が2点出ていました。法性寺殿御記と書状です。忠通の字は整ってはいますがいわゆる平体で、少し横長というか、つぶれて高さがなくなってる感じだったのが印象に残ってます。
昭訓門院御産愚記。亀山天皇の妃・昭訓門院のお産のときのことを兄の公衡が書き記したものです。部屋の見取り図が書かれていて、今のメモ書きの絵と変わんないなと思いました。
天子摂関御影。天皇・摂政・関白・他大臣たちの絵を描き並べた巻物です。似たような絵にみえて、それなりに顔が描き分けられてました。記憶に残っているのは、伏見天皇の顔の色が妙に濃いとか、平清盛がへんな馬面だったとか、変にインパクトがあるものだけですが、他にも顔が細かったりぽっちゃりしてたり、顔の色が濃かったり薄かったり、いろいろと違いがありました。一応描き分けされてるだけに、その根拠はなんだろう、言い伝え等に基づいているのか、それともまるきり想像で作ったのかと気になりました。
一番面白いなあと思ったのはご宸筆の数々です。さすが宮内庁だと思いましたね。伏見天皇は字が細いとか、花園天皇は勇ましい字を書くとか、それぞれ個性があって見てて興味深かったです。また崇光天皇が書いたという琵琶の弾き方についての書も面白かったです。撥の持ち方を絵で説明している部分もあり、絵自体はたいそうなものではないのですが、「昔の天皇が書いた書」から連想する厳めしい感じがなく、なんとなく親しみが持てる雰囲気がありました。
それにしても昔の書というものは素人が読めるようなものではないですね。そのためなんでしょうけど、主な書の釈文を載せたチラシが入り口等に置いてありました。私はそれと実物を見比べて、おおよその内容を確認しながら見てました。展示の中に玉葉もありましたが、去年の大河に出てくる人の名がいっぱい出てるとわかると、それだけでも見ていて楽しくなりますね。
去年の大河関連でいうと、平重盛の書状や西行の書状もありました。西行の書状は去年の正月に開催された江戸東京博物館の清盛展でも展示されていたような気がしました。図録を買わなかったので確認できないですが。
あと今更知りましたが台記って写本なんですねぇ。あの様々な男性関係の内容も第三者によって書写されてたって、それってどうよ、などと思ってしまいました。書写した能書家の人たちは、この時代はよくある話と思って軽くスルーしていたのか、それともさすがに引いていたんでしょうか。

展示を観終わって図録を買おうと思ったら、なんと売り切れていました。超がっかり。大量に買った人がいたらしく、15分ほど前に売り切れたんだとか。それなら着いてすぐに買っておけばよかったと後悔しまくりました。
あんまりくやしいので、代わりに伊藤若冲のクリアファイルを買いました。若冲好きの身内へのお土産と、自分用です。さらに外の売店でもクリアファイルを売っていたので表が正倉院、裏が五弦琵琶のものを追加で購入。
写真は若冲の自分用と追加購入分の2点です。
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外へ出たら雨があがって、日も照り始めていました。家を出るときは雨が降っていたせいもあっても展示を見たらすぐに帰ろうと思ってましたが、晴れてきたので気が変わりました。考えてみるとここは皇居です。皇居ということは元は江戸城です。江戸城の本丸跡が見れるわけで…。これは行かなきゃだめじゃん。私、お江さんのファンなのよー、お江さんが住んでいた場所なんだから見に行かなきゃ! と思い、予定を変更して本丸跡地へ向かうことにしました。
まずは百人番所。同心番所はなぜか撮影してませんでした。
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で、大番所。
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道の途中。
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石垣です。
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本丸跡地に到着しました。
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広いですねー、本丸。
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松の廊下です。正確には松の大廊下なんですね。
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松の廊下跡から天守台へ向かいました。その途中で石室の看板があったので行ってみると、こんな感じで、
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石室がありました。説明書きによると大奥御納戸そばにあった石室だそうです。
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ということはこのあたりは大奥なんですかっ、ということで振り返りました。
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この先のどこかにお江さんが住んでいたのね。今はなにもないけど。
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大奥もとても広いです。
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石室は本丸跡地の西側にありますが、「大奥跡」の看板は東側にあります。これを撮るためにぐるっと巡ってこないといけません。
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そしていったん通過した天守台へ。
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明暦の大火で天守閣は焼けてしまったわけですが、保科正之が再建は必要ないといって、その主張が通り、以後天守閣は作られなかった話は良く知られてますね。たしかに当時の情勢を考えると正之の言い分は理にかなってると思います。しかしですね、後世の人間からすると、天守閣が再建されなかったのはちょっとがっかりだなーという気持ちも湧いてきます。まあ再建されたとしても今日まで残っていたかは疑問ですが。でも台以外残ってない場所にいると、あったらよかったのに、という気持ちになってきます。

天守台はふつうに登れます。そんなわけで天守台から本丸跡。
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江戸城広いですわ。広すぎ。
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天守台から降りてもう一度大奥です。ほんとに広いっすね。
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しかし往時をしのぶものがほとんどないんで、がんばって想像力を働かせるしかないです。

それから楽部庁舎。正月にNHKで雅楽の番組を放送しますが、そのとき映る楽部の映像とまんま同じで、意味もなく感動したのでぱちりと撮影。
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あとは道すがら見たものいろいろ。
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ほんとうに広くて本丸巡りだけでもそれなりの時間が要りました。もう夕方だったので二の丸へは行きませんでした。次の機会には行ってみたいですね。

最後に大手門。
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大手門にあったという鯱。
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外から見た大手門とお堀。
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以上でございます。初めての皇居東御苑は楽しかったです。次はゆっくり時間をとって行ってみたいです。
ちなみに西の丸は、宮殿等がある場所なので、参観の申し込みをしないと入れないんですね。お江さんが晩年いたところだから、いつか行きたいものです。

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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
私も2、3週間程前に行きましたが、15時過ぎで入館できませんでした。帰りに東京大神宮に寄ったのですが、日曜日で三が日でもないのに一時間ほどの並びには参りました。大きな神社仏閣があると、由来を案内板で知りながら立ち寄りたくなるものです。
田中
2013/02/03 20:55
あまのかるも様
こんばんは。もう少し早くお伝えしておけば良かったです。
それにしても、図録が売り切れる程の盛況だとは、思ってもいませんでした。確かに入場無料であれ程充実した展示なら、図録を買おうという気にもなろうというものですね(笑)。練習用の大間書までが今に残っていて、目にする事が出来るとは、流石は宮内庁という感じです。
江戸城の大奥を訪れるのであれば、次回は、東西線の竹橋で降りて、平川門、梅林坂からの登城をお勧めします。梅の季節と紅葉の季節は特に。出るときは北桔橋門から出て、本丸の石垣の絶景を見ながら、竹橋を渡って帰るのが、私の良く使うコースです。
武江
2013/02/07 22:15
田中様

せっかく行ったのに残念でしたね。皇居東御苑や三の丸尚蔵館は、今の時期は入れるのが3時半までで、また月・金曜は入れないそうです。やはり皇居の管理は大変だから長いこと開けておくわけにはいかないのでしょう。
東京大神宮は縁結びのご利益があるそうなんで、それで人気なんでしょうね。
私も神社仏閣巡りは好きです。入り口の様子が自由に入れる感じだと、つい中に入って見たくなりますね。
あまのかるも
2013/02/10 18:33
武江様

早く教えていただいてもすぐに行けたとは限らないので気にしないでくださいね。ただただ図録を直前に大量買いした人が憎らしいです(笑)。一応出品目録はチラシに載っていたので、何が展示されていたのかだけはわかるのが救いです。
さすが宮内庁というのは、展示品の数々を見ていても実感しました。残るべきところに残ってる感じです。
今回は三の丸尚蔵館が第一目的だったので大手町から行きましたが、竹橋駅から行ったほうが風情がありそうですね。次回本丸跡に行くことがあれば、お勧めどおりに行ってみます!
あまのかるも
2013/02/10 18:34
あまのかるも様はお江のファンなのですか。増上寺の右側の建物の確か安国殿と言ったような気がしましたが、将軍家の方達の御位牌が多くあり、多分お江の御位牌もあるはずなのでそちらで参拝できると思います。(すでに参拝されているかもしれないですが。)墓所は限られた日しか公開してませんが、御位牌はお寺の方に一言お伝えすれば近くで参拝できますので。展覧会に行くたびに図録を購入していると図録だらけで困っていまいそうですね。
田中
2013/02/10 22:29
はい、そうです、私は浅井江のファンです。興味関心の波があるせいで一途なファンとは言えないですが、それでも長い間気になり続けている歴史上の人物の一人です。
増上寺は行ったことがあります。ただ安国殿で御位牌を近くで見せてもらったことはありません。どうも恥ずかしくて関係者の方に声をかけることができないです。ふつうのお参りだけですね。
私は展覧会に行くと懐が寒くない限りはたいてい図録を買います。たしかに図録の置き場には困ってます(笑)。
あまのかるも
2013/02/23 01:54
先日、三の丸尚蔵館に見学に出かけました。一月に行った時も目的は明治時代の人物写真の展示を見学する事でしたが、今回は展示を見学し、あまのかるも様の上記の東御苑の写真があったので、私も様子を見に行ってみようということで御苑に行ってきました。都会の中の広い場所の雰囲気が大阪城に似ていてて、なるほどという何とも言えない感想です。梅林坂は天神堀の側にありましたから御苑を作る際に遊び心があったのかなと思いました。あとは素人の見方ですが城の石垣や堀が大阪城ほど複雑でない感じがしたので、元和偃武の徳川家康らしさが出ているのかなと思いました。
田中
2013/03/07 09:32
田中様

もう一つのコメントのほうにも書きましたが、多忙にて返信が遅れて相すみません。今後もすぐに返信できませんがご了承願います。
三の丸尚蔵館と皇居東御苑に行かれたんですね。大阪城は大昔に一回行っただけで記憶もほとんどなく比較はできませんが、都心であのような空間があるのは気持ちがいいです。梅林坂は名前どおり梅の名所だそうですから、きっと先月が一番いい時期だったんでしょう。私もいつか梅の見頃に行ってみたいものです。
あまのかるも
2013/03/14 23:45
最近靖国神社辺りを歩いていましたら、道路沿いの桜が3、4分咲き位になっていました。ちょうど近頃、吉海直人氏が書かれた「百人一首で読み解く平安時代」という本を読んでましたので、紀友則の「久方の光のどけき春の日にしづごころなく花の散るらむ」の句が浮かんできました。これから咲こうとしている時に散るというのは申し訳ないですが、紀氏寄りになってしまうのでお許し頂きたいです。上記の本は学者の先生が句とその時代背景も含めて書かれていますので私的には面白いと思っています。百首の解説の割には奥が深い本なのでなかなか読み終わらない所もあります。
田中
2013/03/20 10:20
田中様

多忙につき返事が遅くなり申し訳ありません。
満開前の桜も風情ありますね。逆に葉桜もいいと思います。
満開後一時寒くなり桜が散らずにいたのはよかったです。
また本のご紹介もありがとうございました。
あまのかるも
2013/04/06 15:36

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