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zoom RSS 真夏の神社仏閣巡り〜東京大神宮・伝通院〜

<<   作成日時 : 2012/09/15 23:48   >>

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先月、大変暑いさ中に東京大神宮と伝通院に行ってまいりました。1月近く経ってようやくそのときのことをまとめることができました。9月に入りやや暑さも落ち着いてきましたが、8月の暑さを思い出しながら読んでくださいませ。

きっかけは会社の同僚から東京大神宮は恋愛成就で御利益があるという話。私もあやかろうかなと(笑)。まあそれだけではなくて、その時同時に、同僚が伊勢神宮に行ったことがあるという話にもなり、私は行ったことがないのでうらやましくなりまして。そういえば東京大神宮って、明治になってから伊勢神宮を東京に持ってきた社だよねと思いついて、俄然行ってみようという気になりました。
しかしせっかく都心に出るのにそれだけだともったいないので、伝通院に行くことにしました。前から行きたかったですからね。
しかし問題はそのとき真夏だったということ。伝通院は駅から歩くので大変だとは思いましたが、行きたい今が潮時ということで、暑いさなか行ってまいりました。

東京大神宮は飯田橋の近くです。明治に入って天皇が東京に移ったときに、伊勢神宮の遥拝殿としてつくられたのが始まりとのこと。初めての神前結婚式もここでだったとか。
ビルの間にある東京大神宮は思っていたよりもこじんまりしていました。ドライミストを取り入れているそうですが、そのせいかどうかはわからないけど、たしかに境内は涼しいような気がしました。
本殿を撮るのはなんとなく憚られたので、屋根と青空を。
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恋愛成就で御利益があることで有名なだけに女の人が一杯いましたね。
ここにはもう一つ目的がありました。それはご朱印帳。ご朱印帳は最低でも寺と神社は分けるようにと言われていて、寺用のは隋心院で買ったのがありますけど、神社のはなかったので前から買いたいなと。
お参りをしたあと、早速購入しました。ちょう・うぐいす・さくらがあって、私は無難にかわいいさくらにしました。
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ちょうもかわいかったけれど、個人的に蝶々柄が苦手なのでやめました。
もちろんここのご朱印もいただきました。ありがたいことです。
お守りも買いました。恋愛成就というものをね(笑)。神宮大麻(伊勢神宮の御札)は本当の伊勢神宮に行けるようになるまでとっておくことにしました。

そのあとは伝通院へ向いました。徳川家の菩提寺となったお寺ですね。
後楽園駅からの坂道がマジできつかったです。暑かったので余計に。こないだの渋谷の国学院大へ行くまでの坂は、これと比べれば大したことないです。
でもなんとか到着。
大きな山門です。
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山門近くにある鐘楼堂。
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まずは本堂へお参り。左に見えるのは観音堂。そこもお参りしました。
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で、徳川家の墓所へ。
初めはお大の方の墓。
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次は、江の四女の初の墓を探しました。案内板はないですが、下調べのおかげでわりと早く見つかりました。お大の方の墓の近くを目安に探すと、興安院と彫られてある宝塔があります。お大の方の墓の向って右斜め後ろに立ってます。
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このときは夕方で逆光になっていて撮影に苦労しました。
それから奥の墓所へ。
まずは千姫(天樹院)。言わずと知れた、江と秀忠の長女ですね。
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それから甲府宰相徳川綱重室(隆崇院)。二条光平と賀子内親王の娘です。二条光平は二条康道の息子で、賀子内親王は後水尾院と和子の娘。江にとっては曾孫と孫の娘なので、玄孫または曾孫に当たります。そして綱重は家光の息子。江の玄孫であり曾孫である姫が、江の孫である殿様と結婚したわけです。
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六代将軍家宣の長男家千代(智幻院)。
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家光の正室・鷹司孝子(本理院)
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尾張徳川家・綱誠の娘(知法院)。伝通院のHPだと嘉知姫とありますが、検索すると『徳川将軍家墓碑総覧』や『徳川諸家系譜』では喜知姫となってます。綱誠は尾張家二代・光友と、家光の娘千代姫の間の息子です。
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家宣の三男大五郎(理岸院)
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家光の二男亀松(月渓院)
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江の血縁の方々とその配偶者の墓は以上だと思います。写真の構図がいかがなものかという出来で、見づらくてすいません。
ちなみに伝通院のHPの情報で、綱誠の娘の名前以外でも、違うのではなかろうかと思うのがありました。田安宗武室という説明が載っている墓があるのですが、没年や院号を見ると田安宗武の妻ではなく長女ではなかろうかと思います。ウィキペ情報なんで確証はないですが。
そして墓所のそばには崩された宝塔が置かれていて、なんだかなあという気分になりました。
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以前はこの辺りに立っていたんですかね。
一通り奥の墓所をお参りしたあとは、家康の側室・お奈津の方の墓も見に行きました。写真はなしです。
墓所をお参りしたあとはご朱印をいただきました。そのときにいただいたお供物です。
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家に着いてからこのお供物をいただきました。ほんのり甘い煎餅でした。
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このあと帰る道すがら、町内会の伝言板に貼られていた新聞記事です。
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新しい感じがした山門ですが、再建ほやほやだったんですね。
そして途中の公園には春日局の銅像が。
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そのとき歩いていた道が春日通りなんですから、あるのは当然なんでしょうね。ちなみに私はお江さん好きですが、後継ぎ問題で対立したと思ってないので、春日局が嫌いではありません。
こうして真夏の神社仏閣巡りを終えました。とても暑かったです〜。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
あまのかるも様
あの暑さの中をお疲れ様でした。
今日くらいの気温だと、行ってみようか、という気にもなりますが(笑)。
東京大神宮は、遷座の当初は、日比谷に在ったと思います。何時現在地に移ったか、ちょっと思い出せませんけど。
伝通院山門落慶式典は、初姫命日の3月4日に行われ、私も見て参りましたが、再建は、寺宝がほとんど焼失した大空襲で失われて以来だったんですね。とても貴重な出来事を目にしていた事に、今頃気付きました。
武江
2012/09/22 09:48
武江さま

こんにちは。だんだん涼しくなってきましたね。今回の神社仏閣巡り、秋になるまで待とうかとも思ったんですけどね(笑)。
東京大神宮が最初は違う場所にあったと、たしか現地の説明書きにもあったような気がします。東京大神宮のHPで確認したところ現在地に移ったのは関東大震災後の昭和3年だそうです。
伝通院の山門落慶式典を見れたとはよかったですね。あの新聞記事、たまたま信号を渡ったところで見つけたんです。よく気がついたなと我ながら思いました。
あまのかるも
2012/09/24 19:25

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