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zoom RSS 氷川女体神社と清泰寺

<<   作成日時 : 2011/12/13 01:43   >>

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今年の2/27に、氷川女体神社及び清泰寺へ行ってきました。すごく前の話ですいません。
ごく簡単にではありますがそのときの感想など。

前に住んでいた家から自転車で行きました。氷川女体神社へは30分以上かかったと思います。
なお、デジカメにメモリーカードを差すのを忘れたため少ししか写真を保存できませんでした。upする写真はとても少ないです。ある意味厳選の写真です(笑)

氷川女体神社は、かつては見沼という広い沼のそばにあった神社です。今は見沼干拓後に作られた見沼代用水西縁のそばにあります。
氷川という文字がついているために大宮の氷川神社の分社、または大宮の氷川神社及び中山神社とともに三社一体とみなされ、現在も大宮の氷川神社と同様に武蔵国一の宮と称しています。
ですが上記はあくまでも一説であり、元々は見沼をまつった神社であり氷川神社とは別物だったという説もあります。実際中世までは女体宮・女体権現と呼ばれていたそうで、大宮の氷川神社より威勢があった時期もあったようです。しかし太田→北条→徳川と周辺の支配者が変わるうちに、氷川神社に凌駕されて氷川神社の分社扱いになったらしいです。私はこちらの説を支持したいです。
大宮の氷川神社・中山神社との三社一体説は、いわゆるレイラインに基づいた説で、レイラインを基本的に信じていない私からすると、けっこううさんくさい説です。(私がレイラインを信じるのは実際にその地点を結ぶ道が存在する場合のみで、ただ地図の上から定規を当てたような説は否定的に見てます)
大宮の氷川神社と比べると小さいですが由緒ある神社です。このとき私は引越しを控えていたので、引っ越す前に見なければと思い立って行ってきました。

まずは、神社の北側にある鳥居。一の鳥居なんですかね。
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神社の入り口にある橋。
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本殿です。
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よくわからないけど、摂社か神輿かなにかをしまっているところかどちらかだと思います。
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磐船祭祭祀遺跡です。見沼干拓後のものです。
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遺跡がある池と鯉ですね。
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これはデジカメじゃなくて写メで撮りました。思いのほかに水が青く写っています。
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これも写メで撮影です。
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神社そばの見沼代用水西縁に浮かぶ水鳥。
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次の目的地へ行く途中の梅の花
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このあと清泰寺へ行きました。見性院のお墓がある寺です。そうです、保科正之さんの養母だった方の縁のお寺です。
あんた、江のファンじゃないの、なんでそんなところに行くんかい、とツッコミ入れたくなる人もいるかもしれないですが、私は地元の歴史に興味がありますし、地元の史跡には自分の好きな人物とはまた別の意味で親しみがわきます。そういうわけで足を伸ばしてきました。
氷川女体神社からだいたい自転車で20分くらいだったかしら。実際は30分近くかかったけど途中見沼代用水西縁で梅の写真を撮りながらだったので、寄り道せずまっすぐ行くとかかる時間はその程度でしょう。
本堂です。
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しかし残念ながら墓地の中へは入れなかったので、見性院のお墓は見れなかったです。周囲には人影もなく、かといって住居らしい家の呼び鈴を押す勇気もなく、そのまま帰ってきてしまいました。今度行くときは事前に電話してから行こうかと思います。

後は帰りがけにまた見沼代用水西縁で撮影した梅の写真。
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以上でございます。

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