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zoom RSS 最近のお江関連ネタ・まとめ

<<   作成日時 : 2011/05/23 20:07   >>

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お江さん関係で、最近の気になる情報を整理いたしました。自分のメモがわりに。

まずは史実発見ネタ。大河ドラマになるとこういうことが多くなるので、大河の主人公になるのはやっぱりいいことがあると思います。

・江の“知られざる”最初の姫君、東福寺で墓と位牌を発見
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110315/trd11031500120000-n1.htm
江と小吉秀勝との間の娘、豊臣完子の墓・位牌、さらに二条康道による写経も発見されたそうです。
二条康道は一般的に完子と九条幸家との長男といわれており、二条昭実の養子となって二条家を継いでいます。長男なのに養子に出たせいか、母は完子ではないとする説もあるようですが、この記事を見るかぎりでは、完子は実母のように思えます。二条康道にとって養母は養父・二条昭実の正室であり、実父・九条幸家の正室ではないでしょう。つまり実母でなかったら供養する必要はないはずですので、完子は康道の実母なのだろうと思います。

・「初」ゆかりの資料小浜で披露 肖像画や自筆書状など30点
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/event_calture/27449.html
気になるのは、初の幼名という「御鐺(おなべ)」「於那(おな)」という情報ですね。「な」の署名のある書状もあるそうです。
私見ですが、「おなべ」はわかりますが「おな」は違うだろうと思います。女性の通称につく「お」はあくまでも接頭辞で削除・省略可能だと思うのです。つまり「なべ」「な」と考えるべきですが、姓・苗字ではなく下の名前が1音というのはありえないのではないかと。伸ばして「なあ」ならばわかりますが。「な」の署名については『日本の女性名』での角田文衛さんの説、署名には名前の最初の一文字のみを書く、で説明十分だと思います。
ついでにここで触れますが、秀吉の正室高台院の通称も「おね」はないだろうと思ってます。旧説の「ねね」や、おね説と並列で言われる「ねい」ならばわかりますけど。「おね」は「お」をとったら「ね」ですよ。根っこなんですか。おね説を採用する人はたいてい「おね」と言ったり書いたりしていて、「ね」と言ったりかな表記したりはしていませんから、「下の名前が1音なのは不自然」を間接的に証明しているようなものだと思います。

・浅井三姉妹ゆかりの品展示 1日から、長浜の宝厳寺
http://www.kyoto-np.co.jp/sightseeing/article/20110429000040
今回の展示品には、新たに発見された、大奥寄進の戸張もあるそうです。寛政元年(1789年)の寄進だそうで、御台所の江が竹生島の弁財天を信仰したという言い伝えが、後になっても大奥に残っていたと考えてよさそうな気がします。
こういう浅井三姉妹と竹生島の弁財天との結びつきを思うと、上野の不忍池の弁天さんが、江と結びつけた言い伝えを持ってないのが不自然に思います。竹生島の弁財天を勧請したというのに…。
記事によると伝家光奉納の品もあるようです。家光も通説と違って、江のことを死後も大事にしていたと思うんだけど、世間の人の意見を見るかぎり、通説の壁は厚いなあと思います。

次は本の情報。

・『江の生涯を歩く』桐野 作人 著
ネットの評判を見るかぎりでは有益な情報がたくさんありそうな本なので、貧乏で購入をためらうことも多い私ですが、買ったほうがよさそうに思えます。

それから展示・イベント情報。

・江戸東京博物館の企画展「芝増上寺」
来年の春に延期になったそうです。残念ですね。

・東京タワー「江」展
東京タワーでこんなことやってるんですね。
http://www.tokyotower.co.jp/cgi-bin/reg/01_new/reg.cgi?mode=1&no=1438
東京生まれにありがちですが、東京タワーに行ったことがないので、いずれ行ってみようかと思います。今年の12月25日までだそうです。

・浅井三姉妹博、目標35万人はや達成?
http://mytown.asahi.com/areanews/shiga/OSK201105070103.html
長浜の博覧会は盛況みたいですね。行きたいけど資金的にむずかしいかな…。

その他ということで。

・「お初しあわせの道」
浅井三姉妹「お初の道」開通 常高寺と墓所つなぐ
http://mytown.asahi.com/areanews/fukui/OSK201104290071.html
小浜・常高寺:「お初 しあわせの道」完成 関係者ら通り初め
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110430ddlk18040357000c.html
今までよりも常高寺に行きやすくなったそうですね。いつか行けたらいいんですけど。
ちなみに個人的おまけ情報ですが若狭の八百比丘尼伝説は小浜にあったみたいですね。
この記事で知りました。常高寺に行く機会があったら、空印寺にも行ってみたいものです。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/event_calture/27882.html

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは〜

角田氏の『日本の女性名』、私も愛読しております。
私はお寧さんの名前は「寧」、「禰居」派です。
「おな」さんは忠高の生母山田崎の名前が一説に「おな」さんと伝わっているようで…。(初の名前となにか関わりがあるのでしょうか。)

「おね」説は秀吉がお寧さんへの手紙の宛名に「おねへ」、「ね」と書いているから根強いのでしょうか。
女性が署名で自らの名前の頭文字を記すことは多々見受けられるようですが、宛名として名前の頭文字を記される例はあまり見られませんし…
一例「ねもじ」と宛てているものもありますが、これならば「ねね」でも通るのですが…

せっかくなので、『太閤書信』で秀吉の女性に対する宛名(本名と思われる名前宛)を検討してみました。
お寧さん宛ては、「おねへ」(五例)、「おね」(一例)、「ね」(一例)、「ねもじ」(一例)がありました。
比較対象として他の女性名を挙げると、茶々には「おちゃ/\」(三例)、蒲生のとらさんには「ともじ」(二例)、「おとらへ」(二例)、前田の摩阿には「まあ」「おまあ」(一例)、「おまあへ」(一例)、宇喜多秀家の母へは「ふく」、侍女へは「いわ」(四例)、「こほ」(三例)、「五さ」(二例)、「ちく」(二例)、「こや」(三例)といった感じです。

名前を略する場合は「○もじ」としている他の例は見えませんでした。
お「寧々」さんだった場合、秀吉は「おねゝへ」と書くのではないかというのが正直な感想です。(それは「禰居」の場合も同じですが…)
結論はでませんが、秀吉は「おね」と呼んでいたのだろうなあ…ということだけは偲ばれます。

失礼いたしました。
紀伊
URL
2011/05/26 00:09
連投すみません。

個人的には、東福寺のニュース、完子の名前を「寛子」としているところがすごく気になっています。

初の「於那」については、史料の現物を見てみないとなんとも、という感じなのですが、一般人では見ることのできない史料のようで…残念です。

増上寺展も楽しみにしていたのですが。こちらも残念です。
紀伊
URL
2011/05/26 00:12
紀伊 様
秀吉が書いた宛名の例、ありがとうございます! このように並べてみると、研究者で「おね」説をとりたい人々がいるのもわかります。その中に「ね」の例があるため、やはり「お」は接頭辞で省略可能なものであり、「(お)おね」という2音の名ではないみたいですね。私の考えでは「(お)ねえ」「(お)ねい」で、秀吉の長音表記がいい加減だったのではないかと思いたいです。少なくとも研究者の方々が、この当時の女性で1音の名の人が一定の割合でいたと証明してくれないと、「(お)ね」説は支持しにくいです(下の名前が1音というのが、私の日本語の感覚として気持ちが悪いんですよね…)。紀伊さんの支持されている「寧」「禰居」ならば、「ねい」と発音するということで賛同します。「ねね」説にこだわってはいません。
京極忠高の生母の名の一説については、無理があるかどうか別にして、「(お)な」ではなくて「(お)おな」の可能性もなくはないような気がします。また初の名の「お那」ですが、紀伊さんのサイトの天秀尼の本名についての記事の中に、池田奈阿の名前表記で「那」がありますね。発音としては「な」ではなく「なあ」かもしれません。元の文書からの転記間違いでなければ、当時、短音と長音の表記の区別は結構いい加減だったのではないかしらと思います。
完子の名については、改名の可能性もありますが、「寛」のくずし字を「完」と読み間違えた可能性はないのだろうかと思ってます。古文書の書体については何も知らないので、あてずっぽうの思いつきですが。
いずれにしても名を特定するのは、特に女性の名は、難しい…と思います。
あまのかるも
2011/05/28 12:44
あまの様
判読間違いは、有ったかも知れませんね。
秀忠生母西郷局の名は、「愛」、「相」、「桐」の3説ありますが、「桐」は「相」の判読間違いと思われ、字はともかくとして、「あい」さんではあったようです。
譜略で「桐」となっているので、写し間違えたのは、もしかすると中川忠英かも知れません。
武江
2011/06/02 20:46
武江様

西郷局は「桐」説もあるんですね。「愛」しか知らなかったです。「あい」2説に「きり」1説であれば、写し間違いの可能性もありそうですね。形が似通っている文字同士の場合、写し間違いは考慮に入れてもいいと思います。でも写本のどの過程で誤写が起きたかを特定するのは難しそうです。
あまのかるも
2011/06/04 02:45

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