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zoom RSS 京の旅・2011年2月 <その9>高台寺

<<   作成日時 : 2011/04/05 02:03   >>

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二日目最後は高台寺です。高台寺は拝観時間が5時終了なので、最後にして正解だったと思いました。

案内板です。
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入り口です。工事してました。お寺の維持も大変ですね。
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受付を通った先、京都市内が見えます。
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遺芳庵
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庭園の一部。正面奥は開山堂で、手前は偃月池です。右に観月台があります
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建物(たぶん書院)の中に入って、特別公開の展示を見ます。複製品の着物や、北政所の書状に徳川秀忠の書状、秀吉のゆかりの品(たしか草履と杖)等がありました。秀忠の書状は大河ドラマ特別展で見たのと同じように、さっぱり系の短い文だったです。
そして方丈へ。方丈から見えるのは枯山水の庭です。勅使門も見えます。あと撮っているときは気がつかなかったのですが、霊山観音が見えてますね。
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さらに庭園の写真。左に見切れているのが開山堂で、左奥の高いところにあるのが霊屋。臥龍廊も見えます。
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臥龍池です。霊屋と臥龍廊がより近くに見えます。
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この後は霊屋に行きました。霊屋の前はとても狭かったです。そこから、豊臣秀吉像と北政所像を見ました。ふだんはここに安置されているという本尊の大随求菩薩像は掌美術館で展示されているとのこと。遠くからではありましたが蒔絵の装飾も見ることができました。
霊屋の中を見たあと、臥龍廊を上から見ました。確かに龍のように見えなくもなかったですね。
さらに庭の奥へと行きます。半ば山道のような段差のある道をひたすら登っていきました。
もうこのときは歩き疲れていて、へろへろでした。
そして、やっと上にたどり着いて、傘亭と時雨亭を見ます。写真は傘亭です。
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でも写真ではわからないですが、手入れがあまりちゃんとされていないような印象を受けました。維持するのは大変だとは思いますが、もう少し頑張っていただきたい気もします。
そしてこの後、上ってきた山道を下って行くことに……。もう足が動かなくて、こけるんじゃないかとひやひやしながら下りました。
そして下の庭園に戻り、雲居庵で抹茶とおまんじゅうをいただきました。疲れていたのでそれはそれは美味しかったです。

高台寺を出たあとは帰るばかり…でしたが、どうせなのでと疲れていましたが掌美術館にも足を伸ばしました。
展示についてはうろ覚えですけど、蒔絵の品々や、土井利勝の書状(なんか長々と書いてましたね)などがありました。それと高台寺霊屋の本尊・大随求菩薩像を見ました。小さくて細かいつくりでした。
また徳川家康・秀忠・家光の朱印状もありました。それで一つ気になったのは、秀忠の朱印の文字が「忠孝」であること。家光はそのまま「家光」で、家康は「家康」に余分な一文字がついていたものの自分の名前使っているのに、なんで秀忠は「秀忠」にしなかったのかしらと不思議でした。やっぱり秀吉の「秀」は使いたくなかったのかしらねぇ。

掌美術館を出ると、あとは京都駅に戻るためバス停へ。途中ガラス細工のお店で見かけたガラスのハリセンボンがかわいかったので買ってしまいました。
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以上、京都旅行記は終了でございます。
時間がたってしまったのでうろ覚えの部分も多くなってしまいました。やっぱりメモしておくべきでしたね。今度、歴史関連の旅行するときは気をつけます。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
もれなくコメントして申し訳ありません;
同じ時期に私もそれぞれ伺ったので、お話したくて!

高台寺こそ私は江目当てで行きました。開山堂に江のお位牌があると伺っていたので…
実際お寺の方にお伺いするとあるということですし(でも聞かれないと教えていただけないそうです。なんで隠すのかな…)、寺の中に展示されていた高台寺で供養されている征夷大将軍方の中でただ一人江が女性として書かれていました。
やはり、江は秀吉と寧の娘であって、秀忠が寧を敬っていたのは、御台所の養母だったからという部分が大いに会ったのだろうと改めて思いました。
紀伊
URL
2011/04/05 03:41
紀伊様

コメントへのレスは、ここと養源院の記事のところに、二つに分けて載せました。

◆金戒光明寺
・お香
茶々と初のは私が見たときも少なかったですね。在庫少な目のわりに売れるのかもしれません。山田松香木店のHP見ても扱ってないみたいで、金戒光明寺限定みたいです。
・忠長と江の供養塔
忠長のはほんと不憫です。「紛れてる」、ほんとにそうですね…。江はなんだかんだで御台様だったのだと思います。
・俗説
いつものことだ、と思いつつ、やっぱり嫌な気分になります。
◆知恩院
・千姫の供養塔
思いのほかに大きかったですよね。花立、私の時には壊れてなかったような気がします。
・知恩院の坂と階段
私も足ががくがくになりましたよ〜。疲れて写真をあまり撮れなかったくらいです。
◆高台寺
開山堂に江の位牌があるなんて知らなかったです。見落としたのかと思いましたが、聞かれないと教えないってなんで〜? ひどいわ、高台寺。
江が秀吉死後も豊臣家の女性とみなされていたのであれば、徳川家の中では微妙な立場だったのだろうと思います。秀忠が筋や義理等を重んじるタイプでなかったら、かなり肩身が狭かったろうとも思いますし。私が通説を信じていない理由の一つです。跡継ぎについて横紙破りできる立場とは思えないんですよね…。

私も色々書きたくてレスが一杯になってしまいました。コメント遠慮なさらないでください。
あまのかるも
2011/04/09 03:47

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