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zoom RSS 京の旅・2011年2月 <その6>光雲寺

<<   作成日時 : 2011/03/31 01:31   >>

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二日目の続きです。次は光雲寺です。

バス停から光雲寺へ向かう途中で見かけたので。
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この近くが鹿ケ谷なんですね。後白河法皇がこの近くのどこかで密談したと言われている鹿ケ谷事件の、あの鹿ケ谷です。来年の大河・平清盛にもきっと出てきますね。

途中の看板
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そして光雲寺に到着。
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元々は摂津国天王寺(大坂)にあったのを、東福門院和子が自分の菩提寺としてここへ移して再興させたそうです。

ここから中へ。
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まず中に入るとガイドさんの話を聞きながら、本尊の釈迦如来像や東福門院像、念持仏の聖観音像等を見ました。さらに江の位牌もあり驚き。
あとは舟を漕ぐ観音像もあって面白かったですね。
歴代徳川将軍の位牌もあったけれど、その中に十代家治の息子の家基のもあったのがちょっと気になりました。家基は将軍になる前に若くして亡くなったんですけどね。

二日目に行った京の冬の旅特別公開のお寺にはどこもボランティアのガイドの方々が待機していて、色々と説明してくださいましたね。ここでも二三人の方から話を伺いました。

その後は方丈でゆかりの品々を見ました。
・東福門院画像
東福門院像のほうは和子が亡くなってすぐに作られ、画像はその後100年くらい経ってから木像を参考に描かせたものらしいです。東福門院像のほうがぽっちゃりで、画像のほうが瓜実顔なんだそうです。
・東福門院の過去帳
十五日の部分が開けられていて崇源院の文字もありました。
・東福門院遺髪
毛が細くて、まっすぐというよりは少し縮れ気味でした。
・徳川四代将軍家綱の書等
正直にいうと何があったかよく覚えてません…ごめんなさい。
家綱についての説明で「乳母の川崎局」とありました。家綱の乳母というとふつう矢島局が知られてますけど、他にもいたんですね。やっぱり将軍の息子には乳母も一人ではないんですね。家光にも春日局以外にいたと書いてある本を読んだことがありますし。
・再興した英中玄賢禅師についての由緒書き
説明が細かく書かれていましたが、経歴が複雑で板倉家縁の人としか覚えてません、すいません。
・瑪瑙手水鉢
加藤清正が朝鮮で手に入れた瑪瑙手水鉢が、徳川家経由で東福門院の手に渡り、この寺に寄進されたそうです。もっとも言われないとそれが瑪瑙とはわからないです、私には。
部屋のすぐ外に置いてあります。
・光雲寺の地図
昔の光雲寺の地図は今より境内が広かったことを示しているそうです。瑪瑙の手水鉢のこともちゃんと載ってます。

庭園です。
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昭和になって一度改修されたそうなんですが、最近荒れていたので三年ほどかけてまた直したのだそうです。庭園修理についてのパンフを見ましたが、専門的な話はわからないながらも庭園修理が大変なのは伝わります。池の岸の石垣など記録がないので、一度壊してみないと、現状も、どのように直すべきかも検討できないようです。
でもようやく修理も終わって立派な庭園に戻ったそうです。
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庭の中に宝塔が立っていました。ガイドの方に尋ねましたが、由来がわからないそうです。

展示の品々と庭園を見たあとに次の部屋へと行くと、抹茶を出してくださるとのこと。有料なので、どうしようかなあとちょっと悩みましたが、「出町ふたばの春を待つ団子を用意してます」と言われて、即答で「お願いします」と言ってしまいましたよ。出町ふたばといえば有名な京の和菓子屋ですからね。ミーハーですいません。
というわけで、違う向きからまた庭園を眺めつつ、抹茶とお団子をいただきました。

そして外へ。本堂を外から。
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ここにも庭があります。
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梅の花が咲いてました。
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門の外へ出るとちょうどお昼。二日目はわりと順調に進みました。このあと三箇所行く予定です。

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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
連投すみません。
和子さん直筆の過去帳は私も拝見しました。
しっかり「崇源院」と書かれた文字を見ながらもやもやしていました(苦笑)
紀伊
URL
2011/03/31 01:55
あまのかるも様

お久しぶりです。計画停電、大丈夫ですか?何か今月の初旬が夢のような状況で・・・。

気分を変えて。
孝恭院(家基)は、歴代将軍に準じた扱いを受けています。手元にある文政年間刊行の『掌中武家覧要』でも、歴代墓所命日を記す欄に、家治の次に記され、墓所も綱吉、吉宗と合殿だった印が付いており、その事からも、将軍同様に葬られた事が判ります。
NHKドラマ『陽炎の辻』では、田沼意次に命を狙われていたように思いますが、鷹狩りの休息中に具合が悪くなるという、突然の不自然な亡くなり方から、田沼や家斉の父一橋治済による暗殺説が当初からあったらしく、家斉も祟りを恐れてか、歴代並みの墓参を欠かしていません。そのお蔭か、どう考えても、祟りなど関係の無い人生を全うしてますね(笑)。
武江
2011/03/31 21:43
紀伊 様

私も、理由は違うかもしれませんが、十五日の欄を見ながらちょっともやもやしてました。私は、前に書かれている人たちより、江のほうが先に亡くなったかもしれないのに、なんで最後に書かれているのだろうと思ってました。
あまのかるも
2011/04/05 01:26
武江 様

コメントありがとうございます。レスが遅くなりすみません。
最近は暖かくなってきて計画停電がなくなってよかったです。武江さんも関東でしょうか。地震があってからはほんとうに大変でしたね。
家基についての話ありがとうございます。墓所は寛永寺だったんですか。将軍並の扱いだったとは驚きました。家基の死については、俗説のハンミョウの毒か!?程度の話しか知らないですけど、当時から暗殺説があったのですね。家斉も墓参を欠かさなかったとは意外です。関係がなかったとしても後ろめたかったのかも。でも祟られずにすんで家斉さんもよかったですね(笑)
あまのかるも
2011/04/05 01:34
あまのかるも様
「武」州「江」戸在住の武江です(笑)。
『浚明院殿(家治)御實紀』巻四十、安永八年三月三日の条
「此日 仰いだされしは。 大納言殿(家基)靈牌は 常憲院殿(綱吉)。 有徳院殿(吉宗)靈廟に安置せらる。 寶塔のみは“歴世の定格もて”新につくらるべしとなり。」
とあります。
墓参は勿論代参ですが、正月と命日の二月は老中、他の月命日廿四日は、若年寄が名代となっています。ここが歴代と少し違う処で、歴代は、全て老中が名代です。
今、竹橋の国立公文書館で、御實紀や落穂集など、旧紅葉山文庫蔵の貴重書が公開されていますので、もし可能なら行ってみて下さい。家譜の類の、記載の変化の過程など、興味深い展示の仕方もされています。
前回、前々回の特別展図録も置いてあります。前々回の『旗本御家人U』展の図録に中川忠英について載っていますので、行かれたならゲットして下さい。小栗上野介のお祖父さんと言う事については、書きそびれていますが。
武江
2011/04/05 03:37
なるほど、そのようにご覧になっていらっしゃいましたか…
他の人は見ていませんでした。不覚です。
でも、江の位牌はありましたし、養源院にまつわるエピソードなんてたくさんあるのに…長政の追贈や肖像画修復などの関わりを見ても、とても浅井と無関係の女性だったとは思えません…(混乱)
紀伊
URL
2011/04/05 03:56
武江様

なるほど、武江さんのHNの意味了解しました(笑)。
家基は歴代将軍に準じた扱いなのですね。かなり大事に供養されていたみたいですね。
国立公文書館の展示について教えてくださいまして、ありがとうございます。文書がいろいろ見れるというのは面白そうですね。ただ私は、書かれた文字を読み取ることはできないのですけど。読める人がうらやましいです。
調べたら展示期間は4/21までだそうです。4月末ぐらいまで私事で忙しいのですが、行けるようならばがんばって行ってみます。
あまのかるも
2011/04/09 03:49
あまの様
『旗本御家人』展は、現物を目にするだけの意義があり、
自信を持ってお薦めできた(図録と公文書館データベース
は、同内容のようです)のですが、今回の展示は、江戸東
京博の『江』展とかぶっている所も多く、何かのついでな
らともかく、調の神社のお近くからがんばって行くと、ち
ょっとがっかりかも知れません。
それから、私も刊本の崩し字がせいぜいで、消息の文字な
どチンプンカンプンです(笑)。
武江
2011/04/10 21:45
武江様

レスが遅くなりまして申し訳ありません。やっと落ち着いて書き込めるようになりました。

せっかく情報いただいたのに、国立公文書館の展示は見にいけませんでした。
またなにか展示があって見に行く機会がありましたら、図録を確認してみたいと思います。
あまのかるも
2011/05/11 02:01

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