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zoom RSS 京の旅・2011年2月 <その3>勧修寺

<<   作成日時 : 2011/03/19 23:58   >>

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さらに続いて、京の旅第一日目の話です。

この時点でかなり時間が過ぎていました。次に勧修寺(かじゅうじ)へ行く予定にしてましたが、時間が遅いので行くのをやや躊躇しました。ですが、以下に書くとおり、勧修寺は平安時代好きとしてやっぱり行っておきたい場所の一つです。せっかく近くまで来ているのに、時間がないからと省略するのは残念なので、結局行くことにしました。

勧修寺は醍醐天皇が生母の藤原胤子(ふじわらのいんし・たねこ)を弔うために建てたお寺です。藤原胤子の両親は藤原高藤(ふじわらのたかふじ)と宮道列子(みやじのれっし・つらこ・たまこ)ですが、『今昔物語集』に載っている話が有名ですね。
ある日藤原高藤はこの辺りに鷹狩りに来て雨に降られたので、この地の宮道弥益(みやじのいやます)の屋敷に泊り、娘の列子と一夜をともにしました。その後年月が経ち、宮道弥益の屋敷を再び訪ねたところ、その一夜の契りで生まれた娘がいて、それが胤子であった、というお話です。
後に醍醐天皇は宮道弥益の屋敷跡に勧修寺を建てたと言われてます。

勧修寺の前に、近くの宮道神社へ。
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鳥居がとても小さいです。私でも頭をぶつけるのではと思えそうな低さでした。
上記の逸話により、縁結びにご利益があるとのことです。恋人募集中の方はぜひ(笑)。
境内のすぐ近くの公園では、近所のがきんちょが元気よく遊んでましたよ。

勧修寺へ行く途中で小さなお寺があったのでそこにも手を合わせました。
佛光院といい、大石順教尼が再興したお寺だそうです。説明書きによると、大石順教尼は事件に巻き込まれて両腕を失ったが、出家して障害者のために尽くした立派な方とのこと。深い内容だったので、説明書きを撮ったはずだったのに撮れてませんでした(泣)。
なので検索したサイトの説明をご覧ください。
http://kanko.city.kyoto.lg.jp/detail.php?InforKindCode=10&ManageCode=280

そして勧修寺です。
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有料の境内の外にある建物。
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さざれ石だそーです。八千代の感触って(笑)。
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宸殿です。
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明正天皇の御所を下賜されたものだそうです。江のお孫さんの御所だったわけですね。今回の旅の目的とも関連がありますし、やはり行っておいてよかったな、と思いました。
こういうところは寝殿造っぽいですよね。
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この梅の木は以前京都御所にあった「臥竜の老梅」だそうです。樹の様子が臥竜なんでしょうね。
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徳川光圀が寄進した灯篭だそうです。
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書院です。
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外の門の前の木の説明書きには明正天皇より下賜となってますが、境内の中の説明書きによると後西天皇の御所だったようで、どちらなのかよくわかりません。

本堂です。霊元天皇の仮内司所を下賜されたものだそうです。
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観音堂と庭園。
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右上、木の陰から見えるのは弁天堂。
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氷室池。平安時代には、ここの氷を御所に献上していたのだとか。
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鷺(?)がいましたよ。たまたま飛んでくるところが撮れました。
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こんなふうに自然があふれる庭園です。
実際、看板には「ジャングル」だの「大いに危険」だの野趣たっぷりの言葉が並んでます。
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宮道弥益や列子はこういうところに住んでいたわけですね。

冬なので見た目が寂しいですが、春や秋はもっと風情がある庭園なんでしょうね。

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