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zoom RSS 江にまつわる品の発見

<<   作成日時 : 2011/01/02 20:32   >>

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先日、江にまつわる品が新たに発見されたというニュースがありました。
祐天寺にある宮殿(くうでん)が江のために作られたものと判明したそうです。

http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010122701000920.html
http://mainichi.jp/enta/geinou/news/20101227mog00m200028000c.html
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20101227-OYT1T00777.htm?from=navlp

このニュースで初めて宮殿(くうでん)という言葉を知りました。仏像などを収める厨子で
寺社の建物を模した形式のものを宮殿(くうでん)と呼ぶらしいです。
忠長が江の三回忌にあわせて作らせたものだそうですが、これらのニュースを読んだ私の
感想はこんな感じです。

・「忠長は大きいものを作るのが好きよね〜」
高さ2.38メートル、幅2.1メートル、奥行き1.35メートルと結構大きい。位牌を収めて
いたと思われているようですがそれにしても大きい。元は家康のものと思われていた
そうだから、御台所のものとしては大きすぎなんでしょうね。
忠長が作らせた高野山の江の供養塔は、たしか「一番石」と呼ばれるように高野山で一番
大きなものらしいし、増上寺に作らせた宝篋印塔も大きすぎて後に修理が必要になり、
最終的に埋められてしまったようだし、とにかく大きなものを建てたがるようです。
・「忠長って前もって報告しておくことが出来ないたちだったの?」
無断で駿河に霊廟を作って怒られたらしいけど、たしか秀忠が死んだときも、蟄居中だと
いうのに勝手に寺を建てたとか言われているらしいし……。この人が咎められている記録や
逸話って「本人に悪気はないけど幕府に無断で行い、そのことで幕府に咎められる」
パターンが多いような気がします。大井川に橋をかけた話もそうだし、神域で猿を殺した
話もそうとれなくもないし、これもそうだし。あと領内を通る大名に饗応をしたとかいう
話も、本人は悪気がなかった可能性高いし。
根回しをきちんとしていれば起きないトラブルのような気がします。
・「家光って弟に甘くない?」
無断で駿河に霊廟を作ったのは寛永五年。家臣を手討ちにした等で蟄居を"秀忠"に命じ
られたのが寛永八年。秀忠死後家光によって改易されたのが寛永九年十月。自刃したのが
寛永十年十二月。
勝手に行動するある意味トラブルメーカーの弟を処分するのに、ずいぶん時間がかかって
いるように思えます。寛永五年にすでに無断で行なった行為を咎められているのに、寛永
八年まで厳しい処分はないみたいだし。
ほんとうに後継者争いなんてあったのかしらと思えるくらい甘いと思います。

このように私は思ったわけですが、世間はそうではないらしいです。
以下はNHKのニュースですが、江戸東京博物館の学芸員の人が
「江が家光よりみずから育てた忠長に愛情を注いでいたことが伺える」
と言ったとかで、それはもうびっくりしましたよ、私は。
http://www.nhk.or.jp/news/html/20101228/t10013110381000.html
なんで「忠長が」作らせたもので、「江が」愛した人のことがわかるんですか。
「忠長が」作らせたものからは、「忠長が」愛した人のことしかわからんでしょうが。
前提が違うと、こうも推測が違ってくるんですね。
このNHKニュースは紀伊さんのツイートで知ったのですが、私と同じような疑問を感じ
られていたそうです。
さらに不可解なのは、動画ニュースでは上記の文字のニュースのようには言ってないん
ですよ。動画ニュースは編集でうまく切り貼りしたようですが、なんかおかしな話です。
あ、あと、また「だから忠長には乳母いるって」とツッコミたくなるコメントでもあります。
「江がみずから育てた」ってなんやねん。

忠長はたしかに江を母として愛していたとは思いますが、よく言われるようなマザコンに
近いような愛ではないような気がします。保科正之を秀忠と対面させるよう仲介した
らしいし、よくあるふつうの息子と母との間柄以上のものはなかったかもしれません。
この宮殿も、ただの大きいもの好きなだけかもしれませんよ。

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
記事によって情報がちがって面白いですね。
私はひとつしかチェックしていなかったので、参考になります。
この御玉屋についてのおかしな解釈が広がりませんように!
紀伊
URL
2011/01/02 23:54
こんにちは

崇源院宮殿、江のものだとわかったのは2008年だそうですね。
びっくりするほど最近です。
もともと宝台院にあったものが祐天寺に移されたもの、と別の記事で読みました。江のために作られた仏具がお姑さんの菩提寺に置かれていたんですね。
忠長‐江‐西郷局というセットで話題にのぼることはかなり珍しいと思うので、記事を読んで新鮮な気持ちになりました

そして「忠長を溺愛うんぬん」の記事も読みました。
よりによってNHKの記事かよ・・・・という気分です。適当なことを描かないでほしい。
確かな情報もないのに歴史上の人物の印象を悪くするようなことを
多くの人が読む報道記事に載せるべきではないですよね。
ドラマや小説を信じる人はニュースで言われたことは確実に信じてしまうでしょうし。

そして忠長の乳母はこれからどういう扱いになるんでしょうか・・・・・
から
2011/01/03 07:47
紀伊様
記事によって微妙にニュアンスが違うのもありますよね。
昨日見に行った江戸東京博物館の大河ドラマ特別展で、宮殿の解説に「(江の忠長に対する)将軍継嗣への思いが〜」みたいなことを書いてあって、なんだかなあ…と思いました。
あまのかるも
2011/01/04 13:19
から様
宝台院にあったことについては、大河ドラマ特別展のカタログにその辺りの経緯が細かく書いてありました。忠長が駿河を領していた関係だそうです。
忠長を偏愛したという話については、私も「なんでNHKで」って思いました。動画ニュースではそう言っているようには聞こえないので、まだましですが。たぶんあの編集でテレビに流れたと思うので。
歴史研究という意味では、実際にそう書いてある書物がある以上書くなとは言えないので(本当は言いたいけど)、せめて「一説によると」とか「後世の書物によると」とか一言添えてほしいものだと思います。確定した事実のようには言わないでほしいですね。
大河ドラマ特別展では「嫉妬深い」はないですけど「偏愛・後継者争い」は出ているので、もし行かれる予定があれば覚悟して見に行かれたほうがいいと思います。
忠長の乳母の存在はほんとどうなるんでしょうね。でも仮に広まっても忠長を推す人が一人増えるだけかもしれません。「後継者争いの話は後世の完全創作」にはならないんでしょうね…。
あまのかるも
2011/01/04 13:24
解説に「将軍継嗣への〜」とか書いちゃってるんですか・・・・
この宮殿からわかるのはは忠長が母親思いだったことだけなのに、なにを言っているんでしょうか。
母親のために何かを造ることって偏愛されていたことを示すほど特別なことじゃないですよね・・・・・秀忠だってその宮殿が造られた同時期に、40年も前に死んだ母親のために山門とか造ってますし。
ちょっとがっかりしましたが「嫉妬深い」と書かれてないなら見に行こうかなと思います。
いろいろ教えてくださってありがとうございます。
から
2011/01/04 20:00
から様
思い込んでしまっているとなかなか違う発想は入り込んでこないんですよ、きっと。私や、からさんはその違う発想を前提で考えてるから気づきますけど。
母親に何かを造ることはべつに偏愛されたことを意味しないですよねぇ。もしそうだとしたら、お愛の方は忠吉より秀忠を偏愛していたことになってしまいますものね。
大河ドラマの特別展は、慣れない音声ガイドを使ったので解説の見落としがあったかもしれませんが、覚えているかぎりでは「嫉妬深い」話はなかったと思います。お江さんの書状も出典されてますから、それを見に行くだけでも価値あると思いますよ。
あまのかるも
2011/01/06 00:59

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