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zoom RSS お江が火葬された理由

<<   作成日時 : 2010/11/14 01:39   >>

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最近ネット検索をしていて、時々、お江が火葬された理由を質問していたり
推測していたりするのを見かける。
増上寺で埋葬された徳川家の人々のうち彼女だけが火葬されたから、らしい。

中には毒殺を隠すためとか言っている人もいるんだけど、わけわからん。
徳川家の大事なイベント中にそんなことするわけないやん。
喪中になったら宮中がらみのイベントが面倒なことになるのに。
百歩譲って計画されたとしても、スケジュール的に京都を発ってからでしょ。

そもそも火葬のなにが問題なのか、そこがよくわからない。
熱心な仏教徒ならふつうに荼毘に付すと思うのだが。
昔の火葬は金持ちじゃないとなかなかできなかったようだが、
それでも決して特殊ケースじゃないと思う。
寛永寺や伝通院に葬られている人もみな土葬なんだろうか。
調べたわけじゃないから知らないけど、火葬の人もいたかもしれない。

そういうわけで、もし私が火葬の理由はと聞かれたら、仏教の信仰心に篤い人
だったからか、遺体を長く置いたために、葬儀を行なう人々にとって土葬は
不適だったからと答える。それで特になんの問題もない。

と、そのように思っていたが、このあいだ、それにまつわる逸話を見つけたので
ここで紹介したい。
いわゆる一次史料ではなく後世の逸話なんだけどね。
出典元は『甲子夜話』。江戸時代後期に松浦静山という人が書いた随筆集だ。
古今東西の色々な出来事について書かれている。

内容はお江が亡くなる前に言い置いたことについて。
「自分が死んだらすぐに荼毘に付すように。なぜなら自分の死の知らせが
京に着いたら、遺体は帰ってきて対面するまでそのままにしておくようにと
命じられるだろう。しかしすぐに江戸へ帰れないだろうから、戻ってきたときに、
自分の様変わった見苦しい姿を見ることになって嘆きも増すだろうし、
自分にとっても恥だから」と言ったそうだ。
これを松浦静山に語ったのは典海僧正と言う人で、増上寺の僧だったらしい。

この話を読んだとき、なんて女らしい理由なんだと思った。自分の変化した遺体を
見られるのが恥だというのもそうだし、その前にそれを見る人のことをまず
考えているのも、控えめな武家の女性らしく思える。
最近の妙な憶測と比べたら、ふつうにありそうな話だ。
もちろん、これはあくまでも後世の逸話なんで、これこそ史実と言い張るつもりは
ないけれど、この逸話を無視して、なんで毒殺とか言わなきゃならんのだ、とは思う。

思えば、お江が登場する逸話をあまり読んだことがない。
いわゆる後継者争いの話はあるけど、それ以外はほとんどないのではなかろうか。
この『甲子夜話』の逸話も、私の読書量が大したことないとは言え、初耳だ。
私が知らないだけで、探せば他にも逸話があるのかもしれない。

それにしても、今までお江を重点的に調べた研究者っているのかしら。
素人では調べるのが大変だから、誰かやってくれないかなあって真剣に願ってる。

追記:徳川家の女性で火葬された人の情報はこちらにもあります。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。「みう」と申します。
検索でこちらにたどり着きました。
わたしもお江さんのことが好きな一人です。
(ブログで好き勝手に語ってますが(^^;))
記事を読んでて、うんうんと頷くことがたくさんあって、
とても共感するところがありました。

火葬の理由も憶測することしかできなかったんですが、
そういう随筆集があるんですね。
現代語訳されてる本ですか?
何年もお江さんに関する本を読んできましたが、
その逸話が一番しっくりきますね。
亡くなったのが夏だったので、待ってたら腐敗が進むから
そのため火葬したと推測していました。

ドラマも始まりますし、どなたかにお江さんを究めていただきたいですね。
あるいは貴重な資料が発見されないかしらと。
みう。
2010/11/18 02:38
みう 様

記事を読んでいただきありがとうございました。
大河の主人公になったのをきっかけに、久しぶりにお江さんのことを色々と調べています。
私のブログも最近はお江と大河の話ばかりになってしまいました(笑)。

『甲子夜話』は詳しいことはわかりませんがたぶん全訳は出ていないと思います。
私が読んだのは平凡社の東洋文庫(といっても緑のハードカバー)版です。
原文のまま、最小限の注しかありません。ですから私の訳が合っているか心配です。
大きな図書館であればきっとあると思いますので、ぜひご自分の目で確かめてみて
ください。お江さんの話が収録されているのは東洋文庫306・甲子夜話1です。

>その逸話が一番しっくりきます
ほんとうに、私もそう思います。なんで広く知られていないんだろうと思うくらいです。

>どなたかにお江さんを究めていただきたい
ですよね。俗説にとらわれずに調べてくれる人がいてほしいです。
新しい資料も見つかってほしいなあって心の底から願ってます。
あまのかるも
2010/11/18 22:07
はじめまして。「じょうよ」と申します。
ぼくも検索でこちらにたどり着きました。
火葬された徳川家については、少なくても伝通院殿がいます。
それから千姫も茨城県常総市の弘経寺と京都市の知恩院に分骨されているようなので、恐らく火葬されたと思います。
甲子夜話にそのような記事がありのは、初めて知りました。なかなか興味深い話です。
典海はコトバンクにもありますが、増上寺の住職です。
増上寺側にそのような伝承が残っていたのかもしれません。
じょうよ
2010/12/03 04:11
じょうよ様

当記事を読んでいただきありがとうございます。
また、いろいろと教えていただいてとても助かりました。ありがとうございました。
伝通院は家康の母のお大の方ですね。彼女も火葬されていたんですね。それに千姫も火葬されたと思われるのであれば、やはり火葬はそれほど特殊ではなさそうです。
典海についてもコトバンクにて確認いたしました。歴史的に知られている僧侶だったのですね。勉強になりました。ありがとうございます。
あまのかるも
2010/12/04 03:05

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